虚報太郎

書きます。Twitter→@iamsomepen

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帰省をしている。実家の一室、かつて寝ていた部屋は2人の兄弟に明け渡したので、普段人が寝ないところで眠りにつこうと部屋を暗くするとなぜか死について考えてしまう。自分は無だとか一時の気の落ち込みで使う生温い無ではなく本当の永久の虚無。考えた瞬間絶望的な恐怖に襲われるが、おそらく脳がやばいと判断するのだろうか、すぐにその恐怖は沈んでいく。でも恐ろしいのは変わらないのでなるべく考えたくない。あと怖いのは宇宙が膨張していって、やがて今の様な星が豊かでいれるような物質の密度が保てなくなり天体のない静寂な闇の宇宙。ともすると、今自分が認知している現実すらもひとときの夢と変わらないようにも思える。

そうやって厨二病なことを考えていて耐えきれなくなると、youtubeを開き人間がいるのを見て安心する。

家族と話していて、いつも通り適当なことを言っていたのだがたまに憐れまれてるのを感じて堪らず、それまた憐れに訂正や弁明をすることがあった。コロナ禍でどうたらこうたらとかものをなくすのをどうたらこうたら…。憐みはなんだかムカつく。安全圏で、感情ポルノとして消費されているのか、暗に見下されているのか。どうにもならないことは努めて楽観的に捉えようとするか、自虐にして笑われて流すかするしかないところに、憐れまれても水をさされた気分になる。可哀想なら思い切り突っ込んで引き上げて欲しい。そんなことされそうになったら絶対拒否するけど。

うまくいっていなかった弟に彼女ができたらしい。上手くいってんじゃんって思ったがこれは非モテの短絡的思考なんだろうなと思ったらちょっと凹んだ。そこで僕は中学の自虐的エピソードを適当に吐き、勉強を鼓舞するという最悪の行動しかできなかった。酒飲んでたから許してくれたりしないかな、誰か。