虚報太郎

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6/7 怠惰なやつがふわふわとした課題に取り組むキツさ

研究というのは一々ああしろ、こうしろとは言われないもの。少なくとも現状の自分はそうだ。だけど毎週何か成果は求められる。

自分はしっかりこれやれというものがなければ(あっても?)無限にサボってしまう。余裕があれば、ネットサーフィンか昼寝。流石にぼちぼち作業した方がいいだろうなってときも、誘われれば嬉しくてフラフラと行ってしまう。そうやってギリギリまで引き伸ばして、どうしようもないというところで、何とかしないとという焦りで謎の集中力を発揮し、何とか帳尻を合わせるというのをここ何年も続けている。ただこんなことをしてもあまり身につかないし、体と心への負担がとんでもないからやめたい。

結局、己を律する心がないから自由に溺れてしまう。かといって強制されるのも普通に嫌なんだけど。

自分のこういう怠惰なところはもう何年も前からわかっている。でも分かっていたってそうそう変えられない。自分が甘えているのかと思うこともあるが、そもそもどこまでが甘えでどこまでがしょうがないのかというのはよく分からないし、まず他人も同じような特性を持ちながら乗り越えているのか、そもそも別の生き物なのかというところが謎だからそんなことを問うても意味はないかあと考えるのをやめておく。

ただ、自分でもこれでは不味いと思いつつ毎回取り掛かろうとはしている(基本失敗に終わるが)。言い訳しても結局成果を出せという話だろうけど。

そんなこんなでこれから社会に出ることを含めてやっていけるか不安だけど、結局そのときになってみないと分からないか。

 

関係ないけど、最近落ち込んだときは過去に自分が作った曲を聞いている。なんか歪んだ自己愛の発散のさせ方な気がしなくもないけど、気に入っているので仕方ない。

https://soundcloud.com/tqts4zwnbn3d/demo

 

なんかサボりまくってるのに体調を崩して(おそらくその原因も昼間から酒を飲み夜中帰ってきてそのまま服も着ずに寝ちゃったことだと思われる)、休もうとしているのもどうなんだろうと思うがとりあえず落ち着こう。

何のために研究をしているのか、これはよく分からない。4年生になり就活をしてなかったからという消極的な理由で大学院に潜り込んだので(一応、気になる分野の方は専攻は変えたが)、別に研究がすこぶる嫌いなわけではないが四六時中没頭するほど研究したいわけではない。普通にエロゲやってるか、人と遊んでいる方が楽しい。となると、結局就職するまでの過程、ひとときのモラトリアムを社会に認めてもらうための手段にすぎないということになるのか。不純な動機でちょっと先生に申し訳なくなるけど、所詮大半の学生はそんなもんだよねっていうところで決着させる。

基本的にアホほど怠惰なのに、微妙に真面目というか気にするところがあるのが困りどころでありつつ、最低限のところで社会生活に繋ぎ止めている部分なんだと思っている。

最後に、こんな散漫な自分語りをブログに書くという行為は個人的にメッセージボトルを海に流すような気持ちでやっている(そんなことを実際にしたことはないが)。Twitterなどではあからさますぎるけど、ブログの場合だとわざわざ見ようとしないと見ることができないくらいの密かな感じがある。誰かに見てもらいたいけどそんなに人に見せれるものでもないよなという文章をそっと広大なネットの海に流して、勝手に誰かが見ることを想像する。それくらいの消極的コミュニケーションが性に合っている。

でも消極的というにはちょっと言葉数多すぎて拗らせてるなというところでシメとさせてもらう。

https://youtu.be/XMfAvgqFzxU