虚報太郎

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スリーアウトチェンジ25周年

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スリーアウトチェンジが発表されて25年経ったらしい。その1stアルバムが出た年にデビューしたということで、25周年記念の公式YouTubeチャンネルが登場し、過去のMVを公開している。

25周年記念と言いつつ、スーパーカーはとっくの昔に解散している。解散時から、作曲担当のナカコーと作詞担当のいしわたり淳二の確執が噂され、盛んにバンドの再結成が為される昨今、それが仄めかされることすらない。そんなバンドのメモリアルを祝うことに何の意味があるのか、少し複雑ではある。

スーパーカーの良さというのは、そのナカコーといしわたり淳治の組み合わせの妙にあったと思う。ナカコーの曲はポップだけど、構成は単純で、繰り返しが多く、その気怠げな歌声も相待って、クールさが目立つ。一方、いしわたり淳二の書く歌詞は、ロマンチックで感傷的で、誤解を恐れず言えば、(初期のものは特に)恥ずかしいものが多い。

ユウ・・・/会いたくなぁれ、僕に。会いたくなぁれ、また・・・

 「u」より 1stアルバム「スリーアウトチェンジ」収録

二人の方向性の違いは、解散後の活動を見ても、ナカコーがエレクトロニカアンビエントにも接近したソロやバンドを続ける一方で、いしわたり淳二は、作詞家として活動を始め、Superflyの「愛をこめて花束を」などの大ヒット曲を生み出したりチャットモンチー9mm Parabellum Bulletなどのバンドのプロデュースを手掛けたり、のように対照的に見える。

ともかく、二人のそのズレが、とりわけ1stアルバムの絶妙な温度感を作り上げていたと思う。

『PLANET』も、1stアルバム「スリーアウトチェンジ」収録の曲だ。アルバム後半に置かれたこの曲は、ストリングスが挿入され、名曲然としたアルバムのハイライトとなっていて、シングルカットもされている。

しかし、僕は当初この曲があまり好きではなかった。大仰なストリングスが、当時のスーパーカーには不釣り合いな印象を受け、底抜けのセンチメンタル感が嘘臭く感じた。結局そのパワーに押し負けて、ひたすら聞いていた時期すらあった。

今一度聞き直すと、なるほどいい曲だと思いつつ、ヘビロテしていた時期の熱量を取り戻すことはできない。スリーアウトチェンジ全体にも言えるかもしれない。一昨年はスーパーカーのこのアルバムとJUMP UPしか聞いてなかった。

特に好きだった曲に「FAIRWAY」がある。

名曲が今をなだめているよ

名曲がなだめていた今すら、過去になっていく。二重のセンチメンタリズムに飽き飽きするが、時間の流れの中で僕の頭に積もるのはそれだけなのかもしれない。

実際には、歌詞は次のように続く。

まだ何か足りないって、ダレないであと何回言えばよかったんだ?

名曲は今も流れてるよ

目の前と向き合うとそれさえも色褪せていくと思ったら、負け

とりあえず文句言ってないで目の前と向き合おうという歌詞なんだと思うが、「目の前」は意識したときには過去である。特に向き合おうと構える頃には、その今は記憶としてしかない。常に手遅れである。

ただ「今に向き合う」的な言葉は、そのようにつべこべ言うことも封じ、行動へと向かわせる訓言であるとは思う。でもそのような訓言的な言葉が、まだ人を誘導し何らかの得をする目的があるならまだしも、純粋に役立つだろうとライフハックとして流布されることに嫌悪を感じるので、文句を言いたくなってしまった。

好きな曲の話だったのに、なぜかいちゃもんになってしまったが、そういうこともあるだろう。

youtu.be

そもそも歌というのは、言葉でのやり取りとは全く違う回路で迫ってくる。

僕にとっては、歌は情緒を刺激するものである。情緒の刺激においては、表象が重要になり、歌詞の断片(全体はあまり意識されない)や、メロディ、歌声、その他個別の楽器音の響きが、緩くつながって頭に届く。ときどきこれを知的好奇心や野心などで、意識的に分析、構成しようとなるが、情緒からは遠ざかってしまう。分析というのは基本的に先ほど並べたような「要素」に分解し、それぞれを個々に検討するところから始めるが、そうすると何となく聞いていたときの、緩い繋がりというのが胡散無性してしまう気がする。

もちろんそこを言葉で突破していく営みには、尊敬するし面白く読んだりするけど、自分で納得する形で行うことができない。

逆に、言葉だけであまり情緒を感じることはない。言葉への態度は基本的に分析的だと思う。ただ自分で言葉を発するときには、結局意味を構築できず、原始的な部分で立ち止まっているけど。

つまり何が言いたいかと言うと、曲の中で聞けば、このいちゃもんつけた程度ならスルーできそうだなというお話でした。

僕の中でスーパーカーへの関心が離れていたので、よく分からなくなってしまったが、音楽の好みはそのくらい揺らぐものだと思う。