虚報太郎

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11/30 風になりたい

とにかく、思いついたことは書かないともったいないし、文量も稼ぎたいという気持ちで、ブログを書くとき途中で話題を急に変えることがしばしばあった。冷静に考えて、同じ記事に全然関係のない内容を入れるのは見づらいだろう。この気づきすでにしていて、ツイートもした。

なんだかんだあって、その後ブログを急速に書かなくなってしまってそんな反省は無意味になってしまったが。

そもそも思いついたことを貫徹して書き抜くことが苦手で、すぐに考えが移ろいでしまう。だから話題がころっと変わってしまうし、楽して分量を稼ごうと思うと、移ろぐ考えをそのまま素直に記すということになる。勇み足で書き始めたが、途中で放棄した下書きが大量に残されている。

考える時も同じで、どんどんと考えが横道に逸れまくり、何を考えていたのかを忘れることがしばしばなのだ。

でも常に、一つ大きく打ち立てられたものへの憧れはある。分厚い哲学書から、長く綴られたブログ記事まで。大きなものへの構想、夢は浮かぶも、いつも頓挫し続ける。所詮、憧れは虚しいだけだった。

横道に逸れるのは、思考や文章だけでなく、行動全般である。

作業しているとふとした瞬間に、頭がバチバチ、グルグルして、居てもいられなくなる。こういった頭に効くのは、ネットサーフィンで、ウェブサイトを次から次へと乗り換えていく時。何かがドバドバ出ている。重要なのは情報自体ではなく、リンクの先、向こうへいくときなんだろう。これを続けていると、タバコを吸い過ぎた時みたいにクラクラしてくる。クラクラして疲れ切る。目の周りの筋肉がジンジンする。それでも頭は、収まらないときは、本当に嫌になる。

 

自転車を2週間ほど一日中漕いだことがあった。あの時は心地よかった。目的地に行くことだけを考え、それだけに集中できた。目的地に着いて、毎晩よく眠ることができた。風になった。なりたいなんて思っているうちは風になることはできない。